元東大院生、不登校を語る〜箱の外で考えて〜

小学生の頃から筋金入りの不登校だった元東大院生が不登校に関する考え方や体験を綴ります。

記事のタイトルの番号とブログ始めた所感について

こんばんは。箱の外の中の人でふ。

 

でふってなっちゃった。かみまみた(元ネタ知らない人はごめんなさい)。

 

目次

 

本ブログ記事のタイトルの数字について

今日の更新は、タイトルに番号がついていません。

 

前回の続きじゃないからです。というか、当初のブログの構想に入っていないからです。

 

一応このブログは、記事のアップロードの順番、ブログの構成をある程度決めた上で日々投稿しています(まだ1週間くらいですが)。

 

そういうあらかじめ構想に組み込まれている記事はタイトルの最初に番号をつけています。

 

なので、出来るだけ数字の順に読んでいって貰えると、書き手としてはありがたいし、内容もわかりやすくなると思います。

 

本当はこんなことせずに、1記事完結でわかりやすいのに越したことはないんですが…

 

今後、教育とはそもそもなんなのかとかを扱う予定で、それを前提として学校教育の問題とか、改善策を書いていきたいなと思っているので、コイツが何言ってるかわかんなくなってきたぞ、というときはお手数ですがちょっと番号を遡って読んでいただければなと思っています。

 

とは言え、出来るだけ前提になっている過去記事は随所で貼っていこうと思います!

 

で、たまにはその時々の思ったことをリアルタイムで書いた方が自分も楽しいなと思ったので、そういう脇道に逸れた感じの記事には付番せずに、雑記カテゴリーにでも入れていこうと思います。

 

なので、更新順に過去から読むととりとめのない雑感が挟まっちゃう可能性がありますが、読み返してくれる方や過去記事も読んでみたいけど、関連のあるものだけ順番に読みたいよって方は、タイトルの番号を追って読んでくれればスムーズです!

 

あんまりこういう管理の方法は見かけないですが、もっといい方法があれば教えてください!

 

ブログを始めて思うこと(雑感)

さてさっそく雑感を述べます。

 

このブログが私の初めてのブログになるのですが、始めて間もないのに何度も訪れてくれている方や海外からのアクセスもあり、大変嬉しく思っています。

 

いや、国内から一回しかアクセスしてくれてない方ももちろんありがとうございます!笑

 

当然まだ全然アクセスも少ないのですが、それでも特に不登校に関わる方、何人もの保護者や教員の方々に読んでいただけているっぽいので、ネットすげぇ_(:3 」∠)_って思ってます。

 

と同時に、私も読者であり、主に不登校の親御さんたちや教育関連の方(その他面白そうな人)の記事を読ませていただくにつけ、不登校に理解のあるブロガーが多いな、愛情深いいい親を持った子たちは幸せだなと思うことがよくあります。

 

他方で、学校に来るよう声かけに訪問する先生や、欠席の電話連絡どうするか悩むのを見る限り学校の先生の対応なんかは、私が不登校だった時からほとんど変わってないんだなぁと思うところが多々あります。

先生が悪いということではなくて、そんな手間ない方がいいに決まってますから、両者が望んでいない場合でもそうせざるを得ない状況に、なんだかなぁと思う次第です。

 

また、子どもが不登校であることに不安を感じる方もやはりいらっしゃって、その気持ちもよくわかる一方で、もし私が小中学の親だとしたら「学校なんて行ってて大丈夫かな」という不安も同時に抱えそうだなと考えたりもします。

 

というのは、学校に行っても世の中の面白いことなんてほとんど教わらなかったなと思うからです。

 

まあ、小中高生の12年間のうち半分も行っていない奴が何を言うかと思われるかもしれませんが、少なくとも高校までの学校にいる間にこの世の中が生きるに値する素晴らしいところだということは誰も教えてくれませんでした。

 

戦争とか、テロとか、殺人事件とか、災害とか不景気とか、増加する自殺とか、テレビをつければこういう暗いニュースか、そんなのとは対照的におバカキャラで溢れかえる一見楽しそうなクイズ番組とかそんなのばっかりでした。

 

でも、大学生の時に知り合ったある人の、「アニメでも小説でも映画でも、世の中にはおもろいもんで満ち満ちてる。おもろいもんがありすぎんのよ」(いい意味で)という言葉が忘れられません。

 

本当にそのとおりです。

 

古典作品の名前のリストなんて覚えなくていいから、自分にガツンと響く一冊の小説や、教科書より深く歴史や数学、科学の偉大さ、世界の美しさに触れることのできるできる一本の映画、観る者を惹きつけ、その場でずっと眺めていたくなるような一枚の絵画、認識さえできなかった世界の側面を開いてくれる一篇の詩、自分の生きる同時代の社会を鋭く描き出す一曲などなどに出会うことの方がよほど大切だと思います。もちろんアニメだっていいんです。

 

1つそういうものに出会えれば、次を探すはずです。次を探す中で、自分の眼や耳、感性を鍛えることになるはずです。

 

なぜか。

 

感動はクセになるから。

 

「人生はたのしむためにも精神が要る」という少し有名な言葉がありますが、本当にそうだと思います。

 

世の中はおもろいもんが溢れているのも事実ですが、見る人によっては、そのおもろいもんに気がつきません。

 

おもろいもんをたのしむためには精神(いい眼、いい耳などの感性や理解力)が必要になるからです。

 

そして、それらは自分がおもろいことをしよう!という時にも大切になるものです。

 

私は普通の公立学校にしか通ったことがないので、特殊な教育機関や私立についてはわかりませんが、残念ながら普通の学校では人生をたのしむ精神は教えてくれないように感じます。

 

私の不登校時代に比べても、ネットでは無料や格安の優れたサービスがたくさんあるので、世の中に数多いる不登校の子どもたちには、せっかく学校に行かずに自由な時間がたくさんあるのであれば、そういうものの中からでも、世の中のたのしみやおもろいもんを探求してみてほしいなぁと勝手ながら願っています。

 

というわたしも精進せねばですが…